グルメエッセー

家で作れないものは外で食べて、店に負けない皿を家で拵えよう。: 木暮 修: 本

PR
ブラウズ

家で作れないものは外で食べて、店に負けない皿を家で拵えよう。

家で作れないものは外で食べて、店に負けない皿を家で拵えよう。

内容(「BOOK」データベースより)

「嗚呼、これこそ21世紀の食の哲学だ!」(フェデリコ・カルパッチョ氏絶賛)。和食は勿論、イタリア・中国・タイなど各国料理を味わい語り尽くす。手頃なレシピと店案内も添えて。

内容(「MARC」データベースより)

「嗚呼、これこそ21世紀の食の哲学だ!」 和食は勿論、イタリア・インド・中国・タイなど各国料理を味わい語り尽くす。『Vingtaine』に1996~99年に掲載されたエッセイをまとめる。

出版社からのコメント

著者・木暮修さんは、食と旅と人生の楽しみをテーマに、1980年代から雑誌で執筆・取材を行なってきました。また翻訳者としてフェデリコ・カルパッチョ(フィレンツェ生まれの「謎のトスカーナ人」。著書に『極上の憂鬱』『優雅な倦怠』(ともに幻冬舎)『旅は、微笑む。』(光文社)など)の著作を翻訳しています。
 本書は、食材から調理法・シェフ・レストラン・酒・各国料理・文学まで、自分の舌と腕と足を駆使してあじわった、味覚や食についてのエッセイ54本に、フェデリコ・カルパッチョによるまえがき、梅吉によるイラストを添えて構成したエッセイ集です。
 辛辣な批評、味覚の吐露、幸せな味との出会い、手作りの味・レシピなどを、独自の文体で描き、奥深く魅惑的な食の世界へといざないます。食や味覚、食の文学に関心が向けられるこの季節にお薦めの一冊です。
 平凡社 三沢秀次

【登場する料理や酒】
旬/鍋料理/中国料理/手による味/お茶/鮭/冷たい麺/食文化/魚とトマトとの相愛/鮨/塩/鰻/庖丁/イタリア式調理/スイス製鍋/魚の旬/ビールとカレー/夏の野菜/旨いビール/山の幸/パスタ/越後の酒/キャンティ産のテーブル・ワイン/マナガツオとイワシ/河豚/牡蠣と普茶料理/不思議な体験/マスターズの晩餐/タイ料理/蕎麦巡り/地ビール/地方の美味/刺身と寿司/国立/納豆/機内食/アンチョヴィ作り/カルヴァドス/パシフィック・リム/ピッツァ/ラーメン/大阪の食/台湾料理/野菜作り/ホテルの美食/外食の引力 ほか

【登場する文学者や料理人】
辻嘉一/北大路魯山人/石毛直道/阿部狐柳/吉野雄/浪川寛治/関谷文吉/川端康成/森須滋郎/内田百/谷崎潤一郎/吉田健一/青木正児/辻静雄 ほか

【登場するレストランや店】
オー・セ・ボヌール/トゥーランドット遊仙境横浜/○鮨/すし善 本店/小笹寿し/樽そば/翁/宮鍵/いちのや/川松/築地 正本/つば屋庖丁店/有次/町勘刃物店/新北京/北京遊膳/吉華/榮林/南大門/一龍/東間/吉祥/満留井/せきざわ/こいけ/ケテル/海寶寺/ホテル川久/桐屋/一茶庵/草庵/坐忘/丸富/凡愚/神田まつや/上野藪そば本店/本むら庵/安藤/高はし/ほそ川/昔そば 若竹/胡蝶庵/仲佐/薮蕎麦 宮本/利庵/ランドマーク妙高高原レストラン/飛騨高山麦酒/ブリティッシュ・ヒルズ/新駒本店/喜長/ル・プティ・ブドン/だるま/八重勝/明治屋/たこ竹/ザ・ウィンザー・ホテル洞爺/葡萄屋 ほか

著者について

木暮修 こぐれ おさむ

1956年、東京神田生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。
現在、食、紀行、服飾、車等に関する随筆を雑誌に発表しながら、親友のトスカーナ人、フェデリコ・カルパッチョの文章の翻訳も行なっている。
著書に『正しいニッポン人――49人のガイコク人と木暮修』(ベネッセ 1998)。訳書に『フェデリコ・カルパッチョの極上の憂鬱』(幻冬舎 1994。幻冬舎文庫1997)、『フェデリコ・カルパッチョの優雅な倦怠』(幻冬舎 1995)、『フェデリコ・カルパッチョの旅は、微笑む。』(光文社 知恵の森文庫 2003)等。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

木暮 修
1956年、東京神田生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。現在、食、紀行、服飾、車等に関する随筆を雑誌に発表しながら、親友のトスカーナ人、フェデリコ・カルパッチョの文章の翻訳も行なっている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

本書より

猫の額で野菜を育てる。
―― 扉を開けばハーブのある生活の些かな至福について。

 家を建てて引っ越してもうすぐ三年になるが猫の額ほどの庭に、と書いてはみたもののそうだなあ肥った猫でも八匹くらいは横になれる面積か、そこに最初の春はトマトとチェリー・トマトと茄子とバジリコの苗を植えてみたら大きなトマトと茄子とは大失敗、かなり実って来たなと思って数日経つと鳥に喰われていたりして……、しかし小さなトマトとバジリコとはひと夏分を供給するに充分すぎると称しても過言ではない量が穫れ、早い話が金銭的に(現金に)表現するなら紀ノ国屋国立店で一パック二百三十円するバジリコを二十回分即ち四千六百円に相当する以上のものがたった百五十円ぽっちの苗から生まれたのである(勿論厳密に云うなら土を掘り起こしてからハーブ用のそれを入れたり支柱を立てたり水を播いたり、或いはまた摘んだ葉に飄虫や毛虫が附いていたりはするのだけれども)。
 そのバジリコやらトマトやらを使って暑い季節に我が家で作るのはモッツァレッラ(こいつは流石に自分で拵える気にはなれず財布が重ければブッファーロのを、そうでないと牛のを紀ノ国屋で購入する。先日は三浦屋にて初めて北海道産のそれを買ってみたらヨーグルトみたようで中々であった。あれは鮮度が何より大切だからねえ)とであっと云う間に出来るアンティパスト、素材を切りエクストラ・ヴェルジーネと塩とをかけさえすればヴェネツィアのカフェ・フローリアンに勝るとも劣らぬ一皿が現出する。
 それから、パスタ。トマトを細かく切りバジリコを千切りスタッフド・グリーン・オリーヴは半割り大蒜は芽を除いたら庖丁目を入れオリーヴ・オイルとレモンと塩と黒胡椒とで味を整え冷蔵庫に入れておけば、茹で上がったパスタを冷やして和えるだけ。
 もう一品は大蒜の薄切りと松の実と赤唐辛子とをオリーヴ・オイルで弱火のもとに炒め、賽の目に切ったトマトと千切ったバジリコと塩とを入れたボウルのなかに合流させ、更に茹でたスパゲッティーニをそこに合わせればそれでいい。
 云うまでもなくバジリコは仔牛や仔羊のコトレッタを焼く際に肉に附けてもいいしトマトが余って困る例しなぞ皆無なれどトマトは土の栄養分を文字通り根こそぎ吸収してしまうらしく二年目はバジリコとコリアンダーとルーコラを植えてみたのだが何故かコリアンダーは上手く行かず仕舞、そうして今年はバジリコ二本とローズマリー二本とプレッツェーモロ(所謂イタリアン・パセリ)にしてみた。
 いやあプレッツェーモロの存在には痛く感心した次第、買っても使い切れずに腐ってしまうパセリが冷蔵庫から消えただけで御の字だし、夜でもマグライト片手に外に出さえすれば香り高い奴が幾らでも摂れるのだから(唯バジリコは八月の台風十号のせいで倒れちゃったので近々に植え直す予定なり)。
 そんな訳で来年は懲りもせずバジリコとプレッツェーモロとローズマリーとルーコラと再びチェリー・トマトと、それに茗荷だの大葉だの月桂樹だのオリーヴだのにも挑んでみたいと考えている今日此頃である。 (本書より)

目次

「旬」と一口に云っても随分ややこしい。―例えば鯛の場合。
困ったときの鍋頼み、ではなく鍋のために鍋を。―鍋の在り方三種について。
満を持して足を延ばした中華料理店の話。―中華デギュスタシオンは夫婦やカップルのために。
機械は便利だが、手による味をこそ。―挽肉料理に見る庖丁のなせる技。
身近すぎて軽んじられる?お茶のこと。―上戸思う、お茶のない起き抜けなんて。
鮭と云っても色々あって。―バターと食べるスモークト・サーモンから生いくらの食感まで。
ミラノ・スカラ座のおこぼれの宵は…。―青山エル・トゥーラの話。
日射しが「冷たい麺よ」と囁く季節に。―起きて素麺、宵の仕上げに稲庭、あるいはまた…。
旨い料理評、不味い料理評。―TVを引き合いに出すまでもなく料理を語るのは困難なのだけれども…。
魚とトマトとの相愛。―ソアーヴェかガーヴィかプロセッコなんかと一緒にどうぞ。〔ほか〕